縦型撮影のこだわり ②:縦長のモチーフを詰め込む

物語を伝えるための縦長のモチーフを選ぶ

もうひとつこだわったポイントは、電話ボックス以外に縦長のモチーフをどれだけ入れ込めるかでした。

ただ、縦長のモチーフを集めると言っても、縦の画面にぴったりはまるだけではなく、ちゃんと物語の中に織り込まれて効果を出せるかを意識して選ぶようにしました。例えば、玄関の扉は何度も象徴的に出てきますが、これは娘のリコが生前の直人を見た最後の場所であり、その扉が閉まることで二度と会えない運命を暗示します。また、大人になったリコが手に取る縦型のノートは、それを開くことで昔の父に再会できる「扉」として機能します。

そのほか、テレホンカードや人形などの小道具も縦長の画面に合わせて制作し、画で物語を伝えることを意識しながら撮影していきました。





縦型フレームで「過去に閉じ込められている」状態を演出

(左2点)電話ボックスのフレームと画面のフレームを合わせることで、直人が電話ボックスの中=過去に閉じ込められているような印象を持たせた。また、千尋の世界でも障子の小窓部分に全身を入れ、同じように過去に閉じ込められていることを表現している。

(右)物語の最後にリコが電話ボックスから出ることで、彼女が過去から解放され、現実に戻ったような雰囲気が出る。





小道具も縦型フォーマットを意識して制作した

物語の鍵となるミステリアスなテレホンカードは、横型ではなく縦型のデザイン。




千尋が探していたぬいぐるみは、丸い顔が縦に3つ並んでいる。裏設定としては一番下が千尋、真ん中が直人、一番上がリコの顔を表しており、過去・現在・未来の3段構造になっている。




構成のポイント

縦型を活かしたフレーミングのトリックを使う

物語の最初と最後にまったく同じ内容の娘視点のモノローグが流れるのですが、ここは1回目と2回目で印象が変わるように編集しました。例えば、1回目は「これ、金沢直人。慎重な男……」というモノローグに重ねて、直人が横断歩道の前でひとり左右を慎重に確認する様子が映りますが、2回目になると、その横には子供の頃の娘も一緒にいたことがわかり、場面の意味が変わってきます。このようにフレーミングで前半と後半の印象を変えてみせるのは、無理なく左右を隠せるという特性を活かした、縦型映像ならではのトリックだと思います。

モノローグは大人時代のリコを演じた吉村優花さんにお願いし、1回目はあえてミステリーっぽく淡々と、2回目は父親と過ごした記憶を思い浮かべながら優しく語るというふうに、差が出るように演じ分けてもらいました。


1回目と2回目でフレーミングを変え、同じ場面に違う印象を持たせる

前半の直人は不安げな表情をした神経質な男に見えるが、後半になると、横断歩道で幼い娘を守ろうとしている優しい父の姿に変わる。


リコのモノローグ「慎重な男……」





リコのモノローグ「そして時々 謎めいている」




ラストカット〜エンドロールは絵コンテから大きく変更された

当初の絵コンテでは「携帯電話で観る映画」という設定を活かし、スマホに電話がかかってきたような演出でエンドロールを見せようとしていた。しかし、死ぬ直前の人に電話がかかってくる物語ではホラーに見えてしまうため、撮影中にラストカットを変更。リコが電話ボックスから立ち去った後、時間が流れていくのを長回しで見せるだけの余韻を大切にした終わり方になった。








事例解説2

ストップモーションアニメ『灯台守と迷子の幽霊』

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shortfilm「灯台守と迷子の幽霊」 #TT映画祭2024 #ショートフィルム #コマ撮り #短編映画 #ストップモーション #映画 #おとぎ話 #キャラクター 出演 うさぎ:サトウヒロキ 幽霊:紫藤 楽歩 スタッフ 録音・MA:うちだまさみ 造形・撮影・監督:香取 徹

♬ オリジナル楽曲 – カトリトオル – カトリトオル




ストーリー:灯台に迷い込んだ迷子の幽霊と真面目な灯台守のウサギが出会い、ささやかなやりとりを重ねる中で、ウサギは誰もが持っていたであろう懐かしい感覚を思い出すことになる。



TikTok TOHO Film Festival 2024にてアニメ・CG賞受賞

声の出演:サトウヒロキ、紫藤楽歩

スタッフ:録音・MA…うちだまさみ、造形・撮影・監督…香取 徹



企画はこうして生まれた

縦長画面にはまるモチーフとして灯台を選択

『灯台守と迷子の幽霊』も実写ドラマの時と同じ発想で、縦長の画面にぴったりはまるものは何かと考えるところから始まり、灯台というモチーフにたどり着きました。灯台の窓も縦に組むなどして、縦位置で撮った時にカチッとはまる画を意識して作っています。僕はグラフィックデザインをやっていたこともあり、モノを画面に綺麗にはめ込むような作業が好きなのだと思います。

幽霊のキャラクターに関しては、もともと幽霊は水に似ていると思っていたところから発展させていきました。人間が生きていた頃の記憶が水に溶け込み、そこから幽霊が生まれ、また水に還っていく。そんなふうに水の循環のようにぐるぐる回る存在だったら面白いなと考えたのです。



アニメーションは縦型動画と相性が良い

今回やってみて発見があったのは、アニメーションは縦型動画と相性がすごく良いということです。実写はどうしてもロケーションに縛られてしまいますが、アニメーションなら自由にレイアウトを組めますし、灯台も本物を探すのではなく好きなように作ることができます。画面の上から幽霊がひょこっと出てきて会話が始まるという撮り方も、縦型ショートフィルムの会話劇における「同じ画面にふたりを入れづらい」問題を解消する、ひとつのアングルになりうると感じました。

また、画面が縦に長いぶん、上下の動きをすごくダイナミックに描くことができるのも特徴です。灯台がロケットになって飛んで行くシーンも、これは縦の画面に映えるだろうと計算して作ったものです。

ただ、こうしたギミックの面白さも大切ですが、ショートフィルムとしての物語性や感情も軽視したくはありません。魅力ある作品とは、縦型ならではの仕掛けと物語そのものの力が良いバランスで噛み合った時に生まれるものなのではないかと思います。



制作工程 ①:パペット作り

手作りと既製品を組み合わせて質感を上げる

基本的には造形・撮影・編集まで、すべてを自宅でひとりで行なっています。パペットの制作には1カ゚月ほどかかりました。撮影の途中で足りないと思う部分があれば作り足し、撮影とパペット制作を行き来しながら進めていった感じです。

パペットの内部にはアーマチュアと呼ばれる、関節を動かせる金属の骨組みが埋め込まれています。自作したこともありますが、関節の曲がり具合や固定強度に不足を感じることが多く、既製品を使うようになりました。海外サイトやメルカリで販売されているので、最初は既製品を使ったほうがやりやすいと思います。

アーマチュアが手に入ったら、そこに布などを貼り付けて体を作っていきます。ウサギにはアーマチュアの上に人形作り用のファー生地の端切れを巻き付けて耳や体を作り、市販の布や、使わなくなったネックウォーマーや靴下を加工して衣装にしました。全部手作りにするとかなりゆるい印象になるので、目は人形用の部品を使ったり、市販のミニチュアパーツを組み合わせたりと、メリハリをつけることで全体の質感を上げています。

このように、全部をゼロから作らなくても、市販品を取り入れながらコラージュする感覚で組み立てていけば、ある程度ちゃんとした見栄えにできると思います。


ウサギのズボンは不要になった靴下、縞々のシャツはネックウォーマーを加工したもの。靴は粘土で作成。ベストはオレンジ色のポケットだけ質感の違う革を使用して締めている。



幽霊の体は羊毛フェルトで作り、中に針金を入れて動かせるようにした。室内の壁には著作権の切れたポスター画像を小さく印刷して貼り、市販のミニチュアのライトを置いて、ゆるい手作り感と本物らしさのバランスを調整している。




制作工程 ②:撮影

Dragonframeで動きを確認しながらコマ撮り

ストップモーションは撮影に時間がかかるため、すべての作業を自宅で完結できるように、部屋の中に約1m四方のセットを組みました。画面に映る左右の範囲が狭いので横幅を大きく取らずに済み、狭い場所でも撮影しやすいのが縦型アニメーションの良さかもしれません。

撮影はパナソニックのGH5Sとパソコンをケーブルで繋ぎ、Dragonframeというストップモーションアニメ制作用のソフトを使って行いました。Dragonframeは前のカットを半透明にして重ね、動きの差分をチェックしながら撮影できる機能があり、ソフト上のリモコンから遠隔でシャッターを切ったり、撮影画像を動画として再生確認したりすることもできます。コマ撮りはカメラが少し動くだけでも画面に揺れが出てしまうもの。それが昔のフィルムのような味わいになることもありますが、綺麗に撮りたい場合は手押しではなくDragonframeをおすすめします。


セットの様子。灯台の室内はオレンジの光でぼんやりと照らし、窓の外に見える風景は、海の写真を貼って青い光を当てることで月夜の空を表現した。「自宅の中なのに、カメラを通すと別の世界にいるように見えるんです。ちょっとした魔法のようで、深夜に作業しながらワクワクしていました」と香取さん。






制作工程 ③:グレーディング

色を先に決めることで世界観をつかんでおく

普段の仕事では仮編集をした後に必要なものだけグレーディングしますが、自主制作でストップモーションの場合はグレーディングを先にやることにしています。色は作品の世界観を大きく左右するので、先にイメージを固めておいたほうが編集時の気分も盛り上がります。

ルックは色々と触りながらしっくりくるバランスを探っていきました。僕はちゃんと影がある感じの画が好きで、画面に暗い部分を残すことで空間の奥行きを感じられるようにしています。あとはパペットの毛が柔らく見えたほうがチャーミングだと思うので、背景とのバランスを見ながら、シャープネスを立たせすぎないようにしました。


グレーディングは動画になる前の1枚1枚の静止画ファイルに対して行う。PhotoshopのCamera Rawに撮影したRAWデータを読み込んで好きなトーンを作り上げ、その設定を全カットに適用する。




制作工程 ④:編集

編集しながら再検討し、ブラッシュアップする

まず、撮った画をコンテ通りに並べて見直し、カットの順番や台詞を変えたり、場合によっては演技を再検討して追加撮影を行います。ここで変更を入れるのは大変ですが、絵コンテ・撮影・編集を自由に行き来することで最初に頭の中にあったイメージの枠を越えた面白いものができるのは、自主制作ならではの醍醐味だと感じています。

SNS動画はポンポンと速いテンポで展開するものがよしとされますが、『灯台守と迷子の幽霊』はそういったセオリーを考えず、日記を書くような気持ちでスローペースで編集しました。


長く使っていて直感的に動かせるという理由で編集にはPremiere Proを使用しているが、今後After Effectsに移行する予定だという。




制作工程 ⑤:バレ消し

背景と重ねてレイヤーマスクで支えを消去

「バレ消し」というのは、パペットを支える金属のアームを画像から消す作業です。あらかじめパペットのいない背景だけのカットを「空(カラ)素材」として撮影しておき、それをPhotoshopで撮影カットに重ねてアーム部分だけを消去します。僕はPhotoshopを使い慣れているのでこの作業を1枚1枚やっていますが、After Effectsのほうが動画として確認しながら作業できて速いと思います。

あとはバレ消しをしないで済むように、支えをパペットの体で隠す、木などのモチーフを置いて写らないようにするなど、工夫して撮影するという方法もあります。


Photoshopのレイヤーで撮影カットと空素材を重ね、レイヤーマスクを適用して不要部分を切り抜いた。




制作工程 ⑥:エフェクト追加

雨や光、雷などの効果を重ねて画を仕上げる

バレ消しをした画像をPSDファイルとしてPremiere Proに読み込み、仕上げに雨やパーティクルなどのエフェクトを追加します。雨のエフェクトなどはフリー素材が配布されていますし、After Effectsが得意なら自分で作ることもできると思います。タイムラインに素材をのせるだけで雨が降ったり雷が光ったりするのは、当たり前ではあるのですが毎回見ていて楽しくなります。

冒頭の灯台全景はよく見ると赤い光が通り過ぎるのですが、これはレンズフレアが写った素材を利用したもの。色々な効果を組み合わせて世界を作り込んでいきます。


灯台の外で雨が降っているシーン。撮影時点では夜空を背景に幽霊がくるくる回っているだけだが、ここに雨のエフェクトと窓枠を足し、照明効果で雷光を作った。




制作工程 ⑦:アテレコして完成!

ウサギと幽霊を声の演技で対比させた

最後にアテレコです。幽霊は最初は童心のあるキャラクターですが、後半になるとだんだん悟ったように大人びていきます。これは「幽霊とは流れる水のように循環する存在である」という解釈をどう演技に落とし込むか、楽歩さんと相談して組み立てたアプローチです。

一方、ウサギは現実世界を生きている、変化することにためらいがあるキャラクター。真面目で落ち着いた雰囲気で人間っぽく演じてもらうことで幽霊と対比させました。ただ、サトウさんの声にはどこかあどけなさもあり、そこが物語のテーマともマッチして良いバランスになったと感じています。


左は幽霊役の紫藤楽歩さん、右は『そこに不思議な電話ボックスがあるという』にも主演した、ウサギ役のサトウヒロキさん。アテレコ収録はエンジニアの内田さんが自作したスタジオで行なった。







まとめ

縦型ショートフィルムを制作して思うこと

縦型動画はまだ歴史が浅いということもありますが、ディレクターとして実際にショートフィルムを制作してみて感じたのは、やはり通常の動画制作と比べると制限が多く、すごく難しいというのが正直なところでした。ただ、SNSに慣れた若い世代のディレクターがパッとヒット作を生み出す可能性もあるかもしれません。

今回は縦長の画面に合うモチーフを探すところから発想していった企画でしたが、いつもとは違う考え方や演出が必要になり、僕自身はとても良い刺激になったと感じています。これからも横型と縦型を自由に行き来して、もっと頭を柔らかくしていきたいと思いました。

また、SNSではテンポが速く分かりやすい作品が受けますが、個人的には説明しすぎない、想像の余白がある映像のほうが好きなので、今後はそういう映像がどうしたら縦型動画の世界で存在感を発揮できるのかを考え、作品づくりに挑戦してみたいと考えています。